自由ではなかったアメリカ

田渡凌

PG / 横浜ビーコルセアーズ

2012年夏、留学前。私のアメリカへのイメージはとにかく’自由’だということだった。
2017年、私は沢山の貴重な経験を積んで日本へ帰国した。この5年間でアメリカは自由でないということを学んだ。

今でも覚えている。アメリカの大学での初日の練習だ。メニューは小学生の頃に習ったような簡単なドリブルの練習、ピボットの練習、チェストパスの練習、レイアップの練習、キャッチアンドシュートの練習。しかし、少しでもボールの位置が違っていたり、ステップが違っていたり、ボールの回転が変だったいするとやり直しさせられた。

特にアメリカの大学生はシーズン初めの1ヶ月ほどは、チーム練習でボールを使っていいのが週に2時間までと限られてるため、主に走り込み、身体作り、ファンダメンタルの確認などしかやらせてもらえない。

そういう中でコーチは私に言った。「NBA選手でもこういった基本の練習を毎日やっている。」
ただ単に自由奔放にやっているように見えたNBAのバスケットも、今となってはファンダメンタルの高さに目が釘付けになる。
スキルだけではない。チームの約束事、特にアメリカの大学レベルではこれを守れない選手はほとんど使って貰えない。

例えば、ある選手がリングに向かってアタックしたとする。驚くことに他の4人の選手の位置は事細かに決められていて、しかもそれは共通理解のようなもので、どのカテゴリーでも教わる基本の動き。

しかし、18歳まで日本でバスケットをして来た私には何もわからなかった。それまで日本ではアンダーカテゴリーの代表に選ばれたり、海外のキャンプにも参加していたので知識はあると思っていたが、自分の知識の無さに本当に驚いた。

型にはめられ、自分勝手なプレーを極力無くそうとするアメリカのバスケットの世界では僅かなチャンスで自分の最大限のパフォーマンスを出すことが要求され自分が好き勝手やっていた日本にいた頃に比べてはるかに難しかった。

しかし、大変だからこそやり甲斐があり、だからこそ常に最高の準備をすることが習慣となり身体に染み付いた。
そもそも私がアメリカに留学をしたいと思ったキッカケに、競争心の高い選手で溢れる環境でやることによって自分が最大限の努力をするのではないか、という考えがあった。

日本人は良い意味でも悪い意味でも優しい性格の人が多いように感じるが、アメリカではバスケットのコートに立てばチームメイトであろうが皆敵であり、毎日の練習で喧嘩が起こる。例えその相手が親友であろうが年上であろうがバスケットのことになれば決して譲らない。この経験から私は競争なくして個々のレベルアップ、そしてチームのレベルアップは絶対にあり得ないと考えようになった。

日本に帰国した今、SNSの影響もあってか、私が留学する前に比べてスキルの高い選手が増えてきたように感じる。
よく日本人は勤勉だと世界では言われる。教わったことを遂行する力、理解力は外国人と比べても高い方だ。だから私はアメリカの大学でキャプテンに指名されるまでの選手へと成長することができた。
しかし、それが戦術の中に活かされていないのではないかと感じることが多々ある。コーチの説明した戦術を勤勉に遂行する。日本人らしく、コーチの指示を忠実にこなす。その中でベストの判断をし、個々のレベルアップしたスキルがついてくるというのがベストなのではないかと思う。

勤勉さとハイレベルなスキルが噛み合ったとき、フィジカル、体格で劣る日本のバスケットが世界で戦える時が来るのではないかと私は考える。
ほとんどの日本の学校と違いアメリカの大学は希望者が全員バスケット部に入れるわけではない。
選手の9割はリクルートされていて、残りの1割はトライアウトを受けなければいけない上、一年目は練習生として過ごすのが当たり前だ。

リクルートされた選手はほとんど奨学金(スカラシップ)をもらう。それは日本と違って、返済しなくていいのだ。例えば自分の場合600万円ほど掛かる学費に550万円ほどの奨学金をもらっていた。

そういったことからも、バスケット選手としての価値は日本に比べると物凄く高いかもしれない。それはアメリカのアスリートの世界全てで言えることかもしれない。
例えば、見ず知らずのアジアの島国からやってきた私ですら、バスケット部のキャプテンという理由で同じ大学の生徒から尊敬されることが良くあった。
そう考えるとアスリートの価値がアメリカと日本では違うのではないかと思う。
アスリート=特別
という文化があるように感じた。しかし、それは学業には全く通じない。その部分に関しては少し日本の大学との差があると感じる。
ある程度の成績を維持しなければ、シーズン全試合欠場に繋がるケースもある。そして奨学金がなくなる可能性もあるのだ。
これだけのお金があるアメリカの大学は、やはり施設も充実している。特に身体のケアの部分では一つ先を行っているように思う。例えばアイスバス。これは氷水のジャグジーのようなもので、身体の疲れを取ったり、疲れた部分を圧迫しながら冷やす。その他にも電気治療、リハビリ施設なども充実している。

もう一つ、アメリカのスポーツ文化と日本のスポーツ文化を比べる上で大切なキーワードがある。それは’自信’だ。
トラッシュトーク、これは試合中、相手に向かって悪口や暴言を吐く行為のことをいう。
例えば自分がガードしてる相手に向かって、お前じゃ俺を倒せない、そんなんで勝てると思ってるのか?、俺のがお前より上だ、などなど様々なシチュエーションでそういうことを言い合うのだ。
そういうバトルをしながら試合をするのだが、このトラッシュトーク自体、自信から来るものなのだ。やはり自分に自信があるからこそ、相手を挑発する余裕があったり、そうすることによって自分までをも奮い立たせようとしている選手がたくさんいるのだ。
日本では全く見受けられない行為なので、私はなぜだろうと考えた結果、アメリカ人が日本人よりも自信に満ち溢れてるような気がしたのだ。

ファンダメンタルを重視した練習は自分がより正確かつ力強くプレーすることを可能にし、練習での激しい競争は試合で余裕を生み、さらに仲間の代表としてコートに立っている自覚と責任感を生んだ。だからこそ誰よりも時間をかけて、身体に気を使い、バスケットに命をかけて取り組むライフスタイルが染み付いた。それは今の自分の財産である。

自分には毎日の目標がある。これは渡米した初日から変わらず自分に誓った約束のようなものだ。それは毎日全力で自分がバスケット選手として、そして人間として最大限の努力をし、より良い選手に、より良い人間になることだ。

大学時代のチームメイトにジェイソンという選手がいた。彼の家は貧しく父親は刑務所に入っていて、自分の2人の妹を養うために練習と授業以外のほとんどの時間を仕事に費やしていた。しかし、練習の前後には必ず時間を見つけ誰よりも練習に励んでいた。彼は決して上手な選手ではなかったが、彼が私に残したインパクトは一緒にトレーニングしたNBAでMVPを獲得した選手よりも大きかった。

どんな環境にも言い訳せず、全力で夢に向かって挑戦する。その姿勢は自信になり、’世界で戦えるバスケット選手になる’という自分の目標を叶える最短の道であると思う。

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