ボッチャと私

佐藤駿

株式会社CAC Holdings / ボッチャ

みなさんはボッチャというパラリンピック競技をご存知だろうか。
ボッチャというのは、ジャックボールと呼ばれる白い的玉に、赤と青の玉を投げ、どれくらい白球に寄せることができたかを競う競技である。

カーリングに似ているが、的が固定されていないという点で異なる。
ボッチャは的がボールであるため、ボールが動くのである。
的が動くからこそ、最後の最後まで結果が分からない。
ボッチャの面白さの一つであると思う。

また、ボッチャは子供からご高齢の方まで、多くの人が楽しむことができるユニバーサルスポーツである。
2016年のリオパラリンピックで銀メダルを獲得して以降、東京都の小池百合子都知事によりボッチャチームを作られ、企業間でもボッチャ大会が行われるなど、人気のスポーツとなっている。

私がボッチャと出会ったのは、小学校3年生の時である。
日本ボッチャ協会の理事長に「ボッチャをやってみないか」と言われたのがきっかけだった。そして、その年に初めて日本選手権に出場した。
2009年の東京で行われたアジアユースパラゲームスに出場した際、当時の私は「初めての国際大会、どれくらい海外選手はボッチャが上手いのだろうか」とワクワクしていた。
結果は、個人戦ではベスト8、団体戦では銅メダル(3位)という結果だった。
その4年後の2013年にまた、同じ大会に出場した。マレーシアで開催された今大会では、個人戦・団体戦共に成績を残すことができなかった。

「自分自身に足りないものは何だろうか?」
その後の国内大会でも成績を残せず、悩んだ。練習量が足りないのか、それとも戦略を含んだ技術面なのか、メンタル面なのか。
悩んだ末に一つの結論に至った。それは、「基礎練習」だ。
マレーシアで行われたアジアユースパラゲームスでは、どうやったらこの試合に勝てるかという戦略しか考えていなかったのだ。
基礎練習をやり続けるのは嫌で、退屈だったが、やらないと勝てない。
当時の私は必死だった。

そして、2016年、基礎練習の成果により、ドバイで行われた大会で日本代表に選ばれることができた。今まで培ってきた自分の技術面の強化と基礎練習のおかげでやっと成績を残せたのだ。
その後、2017年のアメリカ・カンザスで行われた大会でも日本代表に選ばれ、今年の日本選手権もベスト4という結果で大会を終えることができた。

私がここまで成績を残せるようになったのは、練習のおかげだけではない。
家族、クラブのメンバー、サポートしてくれた方々、コーチなど沢山の方の支えがあったからである。
特に栄養面、生活面を管理してくれた、私の両親には感謝している。
時にコーチになってくれた母親。
いつも練習場所の送迎や私の道具の手入れをしてくれた父親。
いつも応援してくれる兄。
これからも家族4人で一緒にボッチャに関わっていきたいと思う。

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