言葉の力 −先生がくれた言葉−

桧野真奈美

社会医療法人北斗 北斗病院 / ボブスレー元日本代表

言葉にはパワー(力)があると思う。人からもらった言葉で自分を奮い立たせることもできれば、一瞬で自分を見失うこともある。だから、人へ伝える言葉を大切にしながら生活しようと心掛けている。

私は、1999年から2010年のバンクーバー五輪までボブスレー競技をしていた。競技生活では何度も怪我を体験した。多くの怪我のうちの一つ、2002年ソルトレーク五輪を逃した後、右膝靭帯断裂のままだった膝を再建手術をした時のことは特に忘れられない。

手術日は偶然、出場を逃した五輪のレースと同じ日となった。複雑な気分だったが、今思えば何かの運命だったのかなと思う。オペから病室へ戻り、麻酔が完全に切れず意識が朦朧としながら本番レースを病室で観戦した。その時はまだ自分が目指していた五輪へ出場できなかった現実を受け入れる事ができず、悔しい気持ちいっぱいで大きな声でわんわん泣きながらテレビを見つめていた。
海外のライバルでもあり戦友たちが、人生を懸けてこの瞬間のために準備をしてきたその思いや、強い覚悟が画面からひしひしと感じられ、悔し涙はリスペクト・畏敬の念に変わった。みんなキラキラ輝いて見え、ワールドカップや世界選手権とは違う、これが「五輪」なんだと思った。今、私は脚を1cmすらも自分の力で動かせない状況だけど、4年間みんなに負けない努力をして、次の五輪には絶対に出る!と強く強く決意をした。

手術が終わりリハビリ生活が始まった。なかなか予定通りに回復せず、朝から夜遅くまで、必死に脚を数センチ動かすこと、膝の角度を数度曲げる事に全力を注いだ。頑張って頑張っても、先生と決めた計画通りに到達地点まで届かない日々が続いていた。
当時の監督が「調子はどうだ?」と時々電話をくれた。「調子は良いです。大丈夫です」と事実と真逆のことを伝えていた。チームメイトからの声掛けにも「大丈夫!順調だよ。待っててね!」と強がっていた。見えない先の不安に加え、思い通りにいかない自分に悔しくて、弱い自分を真っすぐに受け容れられず苦しくて、夜は病室で声を殺して泣いていた。

ある日の朝、いつも通りの回診で担当の先生が病室に来てくれた。先生の顔を見た瞬間、どうにもならない、ぐちゃぐちゃな私の気持ちが破裂した。「先生大嫌い。歩けなくても良い。走れなくても良い。ボブスレー乗れなくても良い。オリンピックなんてどうでもいい。全員私の前から消えてほしい。自分のことも大嫌い!」と大泣きしながら先生に叫んでしまった。
先生はそんな私を優しく見つめ、冷静に言ってくれた。「そんなに苦しいのは諦めていない証拠だよ」
何を先生は言っているんだろう?と思った。続けて、「なんとかなりたいから悩むんだよ。前に進みたいから苦しいんだよ。どうでもいいやと本気で思っていたら、悔しくも悲しくも悩みもしない。自分を見失うくらい苦しむことができたなら、必ず強くなれるから大丈夫」—。
その言葉を聞いた瞬間、今まで一人で勝手に背負っていた大きな何かから解放され、すーっと楽になった。悩むことは悪いことじゃないと気がついた。今、自分ができる全力の努力してみよう。できていない事を真っ直ぐ受け入れて自分の状況をそのまま認めてみよう。諦めないでもう一度挑戦しよう!と、自分を奮い立たせることができた始まりの日となった。

その後は背伸びしない等身大の自分でリハビリ生活を過ごすことができた。以前と同じ自分とは思えない程、順調に回復し、翌シーズンに日本代表チームに復帰できた。私は先生の一言で生まれ変わることができたのだ。

現在、選手に携わる事や全国の子ども達と接する機会がある。選手には試合の直前の言葉がけを、子どもたちには何気ない日常の中で、心の動きを観察しながら、かける言葉を気を付けるようにしている。それは言葉の一言で変わる経験をしたからだ。
先生がくれた言葉は私の原点に戻れる大切な宝物だ。出会う一人一人の心に寄り添うことができる、あの時の先生のような存在にいつか私もなりたいと思う。

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